医師とは、なにを求められているのかを突き付けられた 1 週間

今回名瀬徳洲会病院様に1週間の実習を受け入れていただき、普段では経験できないような実習をさせていただくことができました。そして、是非多くの医学生の方にも医師になる前に現地に足を運び、『医師』としての在り方、『ヒト』としてのなりたい姿をゆっくりと考えるきっかけになればと思い体験記を書いています。 

 

私は、山口大学に入学をする前に社会人として約8年間、一般企業やベンチャーに勤めました。少し遅いスタートですが、それでも医師になりたかった理由は多々あり一言では言い表せないのですが、その中でも強い思いとしてあったのが、本当に人が困っているときに『これからは一人ではなく、共に道を模索しましょう』といえる生き方がしたかったからです。 

しかし、恥ずかしながら学士編入を経て医学部に入ると、医師という姿に迷いを見出すようになりました。毎日忙しい中での診察は、長くても5分時間をさければ良い方でした。患者さんもそれを分かっているのか、「変わりはないです。」の一言だけ。本当に変わりがないのならばいいのですが、実はなにか言いたいことがあるのではないか、困っていることがあるのではないか、と診察室に入るたびに悶々とする日々を過ごしていました。

 

ある日、Youtubeで平島先生の熱のこもった温かいPhysical Clubを見た際に、『これだ』と思い立ちすぐにHPより実習を申し込みました。結果的にこの判断が間違いでなかったことは体験記を読んでいただければわかるかと思います。 

 

笑いがあふれる診察室と、先生でよかったと号泣されたお別れの日

平島先生とご一緒させていただく機会は本当に多く、訪問診療と外来診察、そして毎朝のカンファレンス、病棟回診と、とても贅沢な時間でした。平島先生が見せる姿は学生であっても、医療従事者であっても、患者さんであっても等しくY outube どおりの優しくて明るいお人柄なのですが、その明るさに魅了されるファンは多くいつも笑い声が絶えない診察でした。そのような中、ただお話をされているように見えても診療に必要だと思う『これ』といった情報は見逃さず、もちろん身体診察時にも『これ、このⅡ音の分裂聞こえる?これが大事なんだよー』と少しの音の変化にもあるいは患者さんの姿勢にさえ気を配られているのが印象的でした。(ちなみに私は全くⅡ音の分裂の度合いについては聞き取れませんでした・・・苦笑)

 

ある日、先生がいらっしゃるときに数年に渡り外来でフォローをされていた患者様が旅立たれるという出来事がありました。私も許可をいただきお見送りに参列させていただいたのですが、そのご家族は先生の顔を見るたびに今まで抑えていた感情が一気に噴き出し、手を握りながら号泣をされていらっしゃいました。『平島先生の外来通院のときは思いっきりおめかしをして、会うのを楽しみにしていたんですよ。』と声をかけられている姿を見て、私も思わずもらい泣きをしてしまうほどでした。こんなに温かく、かつ医療従者と患者との枠を超えてお別れをされる姿は、医学部に入学をして初めてでしたし、私の祖父母がなくなったときでさえ経験しなかったことでした。同時に、こんなにも医療従事者が『イチ人』として患者さんに寄り添えることに驚きました。奄美には、私が願っていた、『これからは一人ではなく、共に道を模索しましょう』といえる環境と、それを当たり前のように毎日されている医師が、医療従者がいました。そして、自分の選んだ道が正解だったと後押ししてくれる経験になりました。

それでも厳しい島の医療

奄美大島には今も語り継がれている“善意の輪”の話があります。その話をしてくださったのは名瀬徳洲会で女性と子供の命を守り続ける産婦人科医の小田切先生です。1962 年9月3日に海自の哨戒機がらんかん山に墜落し、乗っていた隊員12 名と住民1 名がなくなった事故。哨戒機は県立大島病院に入院していた妊婦の手術に必要な血液輸送を行うため、海自鹿屋航空基地を出発し、当時奄美に空港がなかったことから名瀬港中央埠頭へ血液を投下する予定する予定であったそうです(2 021 年 南海日日新聞の記事より一部抜粋)。

今でも島に十分は献血の用意はなく、小田切先生は切迫早産についてわかりやすく説明するイラスト付きの説明書を自作され、3 1 週未満で生まれそうなら島外搬送の必要があることを事前に説明しておられました。 それでも予期せぬことは医療現場では起こります。“島”という特殊な環境の中で患者だけではなく、その周囲の方の安全を確保しながら最善の方法をとることを求められている医師の姿に過酷な状況を思い知らされました。

 

私は来年から研修医として働く予定でおります。いつかまた奄美大島に戻り、今度は与えてもらうだけではなく少しでも島に還元できるようになっていたいなと感じています。

 

私のこの体験記をきっかけに、1 人でも多くの学生が奄美大島に興味を持ち、島医療に興味を持ち、そして自分のなりたいヒト像、医師像に向き合える時間となれば、とても幸いです。

 

改めて、お忙しい時間にも関わらず受け入れていただきました、平島先生、小田切先生、名嘉先生、研修医の先生方、田畑さんはじめ事務の方、医療従事者のスタッフの方、医療秘書さん、すべての方に感謝申し上げます。ありがとうございました。