世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?経営における「アート」と「サイエンス」  山口周著

今回は、ビジネス書からの紹介です。研修医や勤務医、ましてや医学生には関係ない!そんな声が聞こえてきそうですが、実は今の時代を生きる若い医師・医学生こそ触れてほしい1冊です。

医師は社会でもかなり特殊な専門職です。例えば、今日勤務している病院をクビになったとしても、明日から他の病院で勤務するのは簡単です。医局に入っていたらそんな訳にもいかないと思われるかもしれませんが、同様に今日医局をクビになっても明日にはほとんどの医局が受け入れてもらえます。

そういう意味では医師という職業は、自分の人事権の大部分が自分にありますので、経営者とも言えるのです。

サイエンスとアートが医療には大事だという言葉は150年前にウィリアム・オスラー先生が唱えています。特に今の日本においては経営者にも同様の感性が必要になっているようです。この本で述べられている、「美意識」という言葉の広がりも大変興味深いです。では、この本の言葉から医療を考えてみましょう~!

 

経営における意思決定のクオリティは「アート」「サイエンス」「クラフト」の3つの要素のバランスと組み合わせ方によって大きく変わる

筆者は、サイエンスを「過去の情報による決定」、アートを「直感的な決定」、クラフトを「過去の失敗経験から導かれる決定」と表現しています。これって、医師の判断、すなわち診断に似ていますよね。「エビデンスに基づいた診断・治療」が標準的で、それを元にしたガイドラインに従おう!という流れは至ってフツウに感じます。一般の人にもとても分かりやすいですね。

エビデンスは、容易に説明しやすい過去の事実です。「直感」で診断して、失敗して亡くなってしまった。と説明された家族はたまったものではありません。

しかし、医師側からみると患者の病態はそう簡単なものではありません。エビデンスのみで作られたガイドライン通り行うと、失敗することもあるからです。必要なのはやはりバランスです。あまり医療界で「クラフト」という言葉を聞くことはありませんが、実はこのクラフトが非常に重要です。医師が行う、カンファレンスやチームで行う回診こそ、クラフトの作業と言えるのです。病歴を丁寧に聞くこととは、過去の経験あるいは書物から得られる経験と照らし合わせる作業にあたります。この情報をチームとカンファレンスや回診で共有し、解決策を練ることをクラフトと言えます、ここにサイエンスを持ち込むのです。

最終的な意思決定は主治医のアートに委ねられます。患者が病室に入ってきた瞬間から、アートは始まっています。患者から受ける第一印象、病歴聴取中の患者の声量、言葉数、見守る家族の様子など、情報は病歴からだけではありません。これはアートの世界と言えるでしょう。

悪とは、システムを無批判に受け入れること

哲学者ハンナ・アーレントの言葉として挙げられています。治療方針というのは、同じ病気でも、驚くほど病院によって違うものです。抗菌薬使用がその最たるものではないでしょうか。「尿路感染」という疾患に対して、個々の患者・細菌を意識して抗菌薬を使い分ける病院もあれば、うちの病院は尿路感染には○○と決まっている病院もあります。

研修医に若いうちはいくつかの病院を経験した方がいいと言う理由がここにあります。

病院を変わって、以前の病院と違うことに出くわすと、自分がこれまでシステムを無批判に受け入れていたことに気がつくからです。中にいると気がつかなかったことに気がつき、根拠とは何かを考え出します。

 

筆者は言います、

システムの内部にいて、これに最適化しながらも、システムそのものへの懐疑は失わない。そして、システムの有り様に対して発言力や影響力を発揮できるだけの権力を獲得するためにしたたかに動き回りながら、理想な社会の実現に向けて、システムの改変を試みる

 

懐に入り、力をつけて、爆発する!

ワクワクしますね。